絵とエッセイ「セミ」

いろんな絵

まだセミは鳴かない。

裏のお宅の庭ではセミが毎日鳴いている。
うちの庭ではまだ鳴かない。

先日、茶の間でセミの話になり、
私が「毎年うちの庭でセミがうるさい。」と言うと、

父親が「あれはうちで生まれてるんだ。」と言う。

私と母が「他で生まれてうちに来てるだけかもしれないじゃないか。うちで生まれてるなんて、何故そんなことが言えるのか。」と責め立てると、

父親は「松の木に脱け殻がある。」と言う。

あぁ、それは確かな証拠だ。責め立ててごめんよ、父。

そこで思い至った。

毎年うちの庭の松の木でセミが羽化している。

セミは卵から幼虫になり5〜7年くらいは土の中で過ごすはずだ。

となると、5〜7匹のセミの幼虫が松の木の下の土の中にいることになる。若干気持ち悪い。

今も5〜7匹埋まっている。若干気持ち悪い。

だがしかし、若干気持ち悪くとも、うちの庭で生命が誕生しているという事実は喜ばしい。

虫は大の苦手だが、“うちの子”となれば話は別だ。

いくら気持ち悪くても、“うちのセミ”ならば愛おしい。

若干気持ち悪いが、今年もセミがうちの庭で鳴き始めるのが待ち遠しくなってきた。

毎年うるさいと思ってきたが、今年からは思う存分鳴くがいい。

昨年までも思う存分鳴いていただろうが、今年は家主側も受け入れ態勢は整っている。

もう、鳴いてもいいんだよ、セミ。

そう思ってから一週間以上経った。
まだセミは鳴かない。

今年は梅雨明けが遅かったせいなのか、どうにもうちの庭でセミが鳴く気配がない。

裏のお宅の庭では毎日鳴いているのに。

裏のお宅のセミの、死に際の鳴き声まで聞いているのに。

ジッ…ジジッ…………ジッ。
夜7時〜12時くらいまで途切れ途切れに鳴いていた。

元気なセミならば、夜しっかり眠って明日に備えるだろうが、死期が迫っているとなると、夜だろうが鳴かずにはいられないのだろう。

あぁ、これは巷でよく言われる“セミファイナル”だなと察した。

セミの生命の儚さに、懸命に生きようとする姿に触れ、胸打たれた。

(どこかの高校生がある個体を追跡調査して、セミは1か月生きたりもすることを証明した。という内容をテレビで見た当時、なんだセミ結構生きてんじゃん。と思ったことは一旦忘れよう。)

うちの庭でも、早くセミが鳴き始めないだろうか。

いつもはいつぐらいに鳴いてたっけな。

夏の終わり頃だったかもしれないと自分に言い聞かせつつ、セミの誕生を待つ。

まだセミは鳴かない。

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